名古屋城本丸御殿の完全復元を率いたリーダー、吉原一彦さん。2026年9月12日放送のNHK「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」で、その姿が描かれる予定です。番組予告では「鬼若と呼ばれたリーダー」と紹介され、放送前から注目が集まっていますね。
この記事では、吉原一彦さんのプロフィールや、モスクワ五輪代表という異色の経歴、そして名古屋城本丸御殿復元の現場を率いたリーダーとしての歩みを、公開資料をもとに調べてまとめました。気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
「鬼若」と呼ばれたリーダー・吉原一彦とはどんな人物?
吉原一彦さんは、太平洋戦争の空襲で焼失した名古屋城本丸御殿の復元工事で、作業所の所長を務めた人物です。所属は安藤ハザマ・松井・八神特別共同企業体。約150億円・約10年(2009〜2018年)という歴史的な大工事の現場を、責任者として長く支えました。
私は製造業を中心に経営支援をしていますが、大きなプロジェクトほど「まとめる人」の存在が何より大切だと感じます。2100人もの職人を束ねた吉原さんは、まさにその要となった方なんですよね。
吉原一彦の簡単プロフィール

画像引用:安藤ハザマHP
まずは、吉原一彦さんの基本的なプロフィールから見ていきましょう。国土交通省中部地方整備局の講演会資料など、公的な記録をもとにまとめました。
年齢や出身地は?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 吉原 一彦(よしはら かずひこ) |
| 生年・出身 | 1955年・東京都生まれ |
| 出身大学 | 法政大学 工学部 建築学科 |
なお、資料によっては出身地の記載が異なる場合があります。建築関連の公的資料では1955年・東京都生まれと記載されていますが、競泳の選手一覧では別の記載も見られます。本記事では、建築の公的資料に基づき「1955年・東京都生まれ」としています。
出身大学や専門は?
吉原さんは法政大学工学部建築学科を卒業後、株式会社間組(現在の安藤ハザマ)に入社しました。専門は建築で、東京建築支店の建築第一事業部建築部長などを歴任しています。つまり、建設のプロとしてキャリアを積み重ねてきた方なんですね。
現在の所属や役職
本丸御殿復元の際は、安藤ハザマ・松井・八神特別共同企業体の名古屋城本丸御殿作業所 所長を務めました。その後、株式会社安藤・間 建設本部の部長として、講演などでも登壇しています。長年、建設の第一線を歩んできた技術者です。
異色の経歴!元モスクワ五輪の競泳代表だった?
吉原一彦さんの経歴で、多くの人が驚くのが競泳選手だったという事実です。建設一筋の人物ではなく、かつて日本のトップスイマーだったんですよ。
日本記録保持者だったスイマー時代
吉原さんは日大豊山高校、法政大学と競泳を続けたトップスイマーで、法政大学の水泳部史にも1980年モスクワ五輪の自由形代表として名前が残っています。その後は間組(現・安藤ハザマ)に所属しながら競技を続け、安藤ハザマの紹介によると、モスクワ五輪当時は自由形の日本記録保持者でした。日本選手権の男子400m自由形では、高校(日大豊山)時代に歴代優勝者として名を刻んでいます。
記録の種目については、200m自由形と400m自由形の日本記録を持っていたとする資料もあります。
スポーツの世界から建設の道へ
競泳という「個人競技」で頂点を目指した吉原さんが、やがて2100人もの職人をまとめる復元工事のリーダーへ。まったく違う世界のように見えますが、どちらも極限まで自分を追い込む点では共通しているのかもしれません。私も学生時代に剣道をやっていたので、勝負の世界で培った精神力の強さは、なんとなく想像できる気がします。
名古屋城本丸御殿の復元を率いた所長として

画像引用:安藤ハザマHP
吉原さんの名を歴史に刻んだのが、名古屋城本丸御殿の復元です。ここでは、その仕事ぶりを見ていきましょう。
2代目所長として携わった約6年間
吉原さんは工事の最初から関わっていたわけではなく、途中から2代目所長として赴任しました。安藤ハザマの記録では、その期間は約6年間。本人も「これまで経験してきた中でも、かなり手ごわい現場だった」と振り返っています。
復元は単なる新築ではありません。戦前の実測図(309枚)や古写真をもとに、旧来の材料と工法で焼失前の姿を忠実に再現していきました。古写真の枚数は、番組予告では約440枚、本人取材では約700枚と紹介されています。これは復元に直接使った枚数と、保存されている写真全体とで集計範囲が異なるためと見られます。図面と写真が食い違えば、すでに施工した部分を直すこともあったそうです。気の遠くなる作業ですね。
多くの職人をまとめたリーダーとしての姿
本丸御殿の復元には、宮大工だけでなく左官、屋根、漆、障壁画、彫刻、錺金具など、多くの一流職人が集まりました。番組予告によれば、その数は職人2100人。
一流であるほど、自分の仕事へのこだわりは強くなります。吉原さんは取材で、時には衝突もあったと語りつつ、「本丸御殿を良いものにする」という思いがそろうことで、次第に現場に一体感が生まれたと振り返っています。
なぜ「鬼若」と呼ばれたのでしょうか?
番組予告に登場する「鬼若」というリーダー。長期にわたる現場責任者として公開資料で確認できるのは吉原さんですが、実は「鬼若」が吉原さんを指すと明言した公開情報は現時点で見当たりません。
呼び名の由来についても、公式な説明はまだ出ていません。ただ、2100人もの職人を束ね、妥協なく史実に迫ろうとする姿勢が、そう呼ばれた背景にあるのかもしれませんね。このあたりは、放送でこそ明かされる部分だと思います。
9月12日放送「新プロジェクトX」でどう描かれる?
番組は2026年9月12日(土)午後8時07分、NHK総合で放送予定です。タイトルは「幻の国宝 名古屋城本丸御殿 〜完全復元に挑む〜」、語りは田口トモロヲさん。
番組予告では、約440枚の古写真をもとに寸分違わず復元するため職人2100人が結集し、「鬼若と呼ばれたリーダーの下、10年間の壮絶な闘い」が描かれると紹介されています。最高級木材を探す宮大工の心意気や、巨大な錺金具に挑んだ親子職人の悲願にも触れられる予定とのこと。放送でどんなリーダー像が浮かび上がるのか、楽しみですね!
世間の反応やSNSの声
放送前から、名古屋城本丸御殿の復元に関心を寄せる声がSNSでも見られます。安藤ハザマの公式X(旧Twitter)でも番組の告知が行われ、伝統技術を未来へつなぐ取り組みとして紹介されています。
「元五輪代表が現場所長だったなんて驚き」「本丸御殿の裏側を知れるのが楽しみ」といった期待の声が中心のようです。放送後には、さらに反響が広がりそうですね。
まとめ:吉原一彦の歩みを知れば放送がもっと楽しみに
吉原一彦さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
・1955年・東京都生まれ、法政大学工学部建築学科卒業
・株式会社間組(現・安藤ハザマ)に入社した建築のプロ
・1980年モスクワ五輪の競泳自由形日本代表という異色の経歴
・名古屋城本丸御殿復元では2代目所長として約6年間を担当
・「鬼若」が吉原さんを指すかは公開資料では未確認
一流のスイマーから、歴史的な復元工事を率いるリーダーへ。吉原一彦さんの歩みを知ってから番組を見ると、そのリーダー像がぐっと立体的に見えてきそうですよね。9月12日の放送が本当に楽しみです!
新しい情報が入ったら、また追記していきますね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!



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